TEO Side Story TEO Side Story
last updated 1997/06/18

第34話(全130話)

マリカ、マスターと再会する




11 マリカ、マスターと再会する

 胸のペンダントの赤い光が消えるのと、森の広場にワーターを駆け込ませるのとは同時だっ
た。マリカはペンダントにチラリと目を走らせると、ここにマスターがいるのだと確認する。
 どうやら機能停止状態となったマスターは、この森でロッコたちに発見され、家の建材にさ
れたらしい。
「馬鹿なロボットね」
 マリカは投げやりに呟く。見回すとロッコ・ヴィレッジはたったいま何者かに襲撃を受けた
ばかりのようだ。建物が破壊され、もうもうたる白い煙が立ちこめている。建材を固定してい
たロッコの糸が粉となって舞い上がっているのだ。
 陽光が白い煙をキラキラと輝かせていて、とても美しい。
 破滅の美だとマリカは思う。誕生はいつも美しいが、ものが破壊されることにも一種の美学
があると、マリカは美術教養の時間に、ほかならぬマスターから学んだことがあった。
 マスターは従者であり、監視者であると同時に、マリカの専任教師でもあった。
 マリカにものが壊れ、朽ちて行く様子の美について説き、秋に木々の葉が色付き、山が鮮や
かな色彩に彩られることの、その生命のエネルギーの激しさを説いたロボットは、自らその美
を再現しようとするかのように、廃墟の中に倒れていた。マリカは柱となって広場に転がって
いるマスターを白煙の向こうに認めると、ワーターから飛び降りて駆け寄った。
 セメント上に硬化したロッコの糸に塗り固められた石柱から、マスターの左腕だけが突き出
しているのが見えた。
 ロッコの糸を腰のベルトに下げていた万能ナイフで一本一本切断し、マスターを縛っていた
固いセメントの鎧をマリカは剥ぎ取って行く。
 マスターはビクとも動かず、メイン・バッテリーの作動ランプを消したまま、されるがまま
になっていた。
「いつも偉そうなお説教ばかりしてるくせに、だらしないわね。しっかりしなさい!」
 叱るように言って、マリカはマスターの胸にあったハッチをを開け、中の非常用電源スイッ
チをオンにした。計器の再駆動を示すランプがいっせいに瞬きはじめ、ブーンというモーター
音の唸りが大きくなる。
 マスターはゆっくりと体を起こすと、しばし考え込むようにジッとうつむいた。
「マスター? 大丈夫? マスター、どっか壊れちゃってる?」
 マリカはマスターの目を間近から覗き込んだ。
 わお!
 マスターの中でピートは声を上げる。
 女の子だ! あの草原を馬に乗って走ってきていた女の子がぼくを助けにきてくれたんだ!
 やったぞ。これでここがどこなのか教えてもらえる! ぼくに何が起こったのかきちんと教
えてもらえるんだ! それに見てよッ。ぼくは柱から取り出してもらえたんだ! また動ける
んだッ。また走れるんだ! 
 ピートは躍り上がるほど興奮した。バンザイと飛び上がり、その場をピョンピョンと飛び跳
ねようとした。
 けれど、体は動かない。
 ロッコの糸から解放されたにもかかわらず、何故かこの鉄の鎧はズンッと重さを増し、戒め
がギュッときつくなったみたいだ。
 何故だろう? 
 このコがぼくの鎧の胸にあるボタンを押したせいだろうか?
 ピートはそう考えた。
 たぶんそうだろう。あのボタンを押されるのと動じに鎧はいきなり重量を増したのだから。
 どうして女の子はボタンなんか押したんだろう? どうしてこの子はぼくをすぐに鎧から引
っ張り出してくれないんだろう。それどころか、さらに戒めをきつくするなんて、いったいど
ういうことだ?
 ピートは考えて、恐ろしい結論に達した。
 この子はぼくを助けにきたんじゃない! この子はぼくをヘンテコな鎧から引っ張り出すた
めに走ってきてくれたんじゃないんだ! 逆に、ぼくにこの鎧を着せたのはほかでもなく、こ
の女の子なのかもしれないッ。
 何もわからず、自分の置かれた環境すら理解できずにいる者は、とかく何事につけ懐疑的に
なる。ピートもどうやらそうなっているらしい。何を見ても、そこに安心を見いだせないから
、何を見ても疑いの目を向け、何もかもが自分を傷つけ、笑い物にしようとしているように感
じてしまう。
 しかし現実は、もちろんマリカがピートを機械の中に閉じ込めたんじゃない。閉じ込めたの
は宇宙の神秘的な魔法であり、そもそもマリカはピートのことなどまるで知ってさえいないの
だ。
 ピートがマスターの中で窮屈感が増し、その手足を思うように動かせなくなったのは、けれ
ど彼の推測通り、マリカが電源スイッチをオンにしたせいではあった。
 マスターのメイン・バッテリーがオンにされたことで、マスターはマスターとしての機能を
取り戻したのだ。すべての回路がいままで通りの優れたロボットとして正常に動こうとしはじ
めていた。その機械の想いが、ピートの意識という介入分子によって遮断され、混乱し、完全
に機能を回復しているのに、通常の動きがまったく取れなくなってしまっていた。ちいさなロ
ボットの中でコンピュータによる電気的な命令と、そこに飛び込んでしまったピートの意識と
がぶつかり合い、指一本動かそうとしても、激しく主導権争いをはじめていた。そのせいで、
ピートは戒めがきつくなったように感じ、マスターは正常に動けないことの原因を求めて混乱
している。
 ひと通り、機械をチェックし終えて、どこにも故障や異常がないのを確認したマリカは、な
のにちっとも正常に動き出そうとしないマスターを怪訝そうに見る。
「おかしいな。どこにも異常はないみたいなのに」
 言うマリカの声を聞いて、ピートは「とんでもない!」と反論する。
 何もかも異常じゃないか! ぼくを早くここから出してよッ。いったいどうしてぼくをこん
な箱の中に閉じ込めたりしたんだい? ひどいじゃないか。ひどすぎるじゃないか!
 抗議するピートの声は、しかし徒らにマスターの機関内だけでこだましていて、ひとつも音
になって外部に発せられない。機能停止状態の時なら、ピートは自由にマスターの機能を使っ
て話したり動いたり走ったりできていたのだが、メイン・バッテリーが再駆動したいま、ピー
トはもはや自力では喋ることひとつままならなくなっていた。マリカの出現によって、状況は
改善されるどころか、さらに悪化したのであった。
「とにかくここに長居は無用ね」
 修理をあきらめたマリカは、立ち上がると、ワーターの背から尻敷きに使っていた毛布を外
し、それでマスターを包むと、ロッコの糸で毛布にくるまったマスターと、ワーターの鞍とを
結ぶ。ひらりとワーターに飛び乗り、マリカは「ハ!」とワーターに声をかけた。
 ワーターはすぐさま走り出し、ロッコ・ヴィレッジからガランガランナと盛大な音を立てな
がら引きずり出されて行く。
 ちょっと! 馬で引き回すなんて乱暴じゃないか! 
 ピートは怒鳴った。
 その声はマスターの体内でグワンと反響し、ピートは自分の声で自分の鼓膜を破りそうにな
る。もっとも、意識体でしかないいまのピートには、鼓膜なんて、本当はないのだが。

(つづく)




Back Number


back

presented by son@ch-teo.com

Copyright(C)1997 FUJITSU LIMITED.
All Right Reserved.